読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

WOOL-BLANKET

メンタルを整えたい人が書くブログ

教えてほしいこと、いろいろ

40歳になり、人生も後半戦に差し掛かってきて

アホウながら自分なりに学ぶことや

思う所があったりするのですが、どうにもこうにも分からないことがある。

私のひとりよがりだと言ってしまえばそれまでですが、

なーんか引っかかるんだよなあ…と、いうことを

あれこれ書き記していこうと思います。

 

ベビーカーと支援学校

このふたつの共通項、それは「保護者」です。

もしかしたら

私の住んでいる地域だけの話かもしれないんだけど…

 

狭い道でベビーカーを押すお母さんに道を譲ると

さも当然のように、ドヤ顔で通り過ぎていく。

別にお礼を要求したいが為に道を譲るわけではないけれど、

なんとなく、モヤモヤっとした気持ちが渦巻く。

 

あと

私の住まいの近所に川と土手があり

そこへよく支援学校の生徒さんが集団でお散歩に来ているのですが、

その生徒さん、たまに

道往く人に絡んでいる姿をよく見かけるし、

私も過去、歩いていた時に

生徒さんに腕をつかまれたことがあります。

 

腕を掴まれようが何されようがどうってことはないです。

悪意があるわけじゃないのは分かりますから。

でも、その時

支援学校の職員の方がそばにいたのですが

…何にも言わないんだなあ、と少し驚きました。

 

もしかしたら、そこで生徒さんを注意したり

職員の方がこちらに声をかけると不都合が生じる、のかもしれないけど

そういう事情を一切知らないこちらとしては、

さも当然のように(さっきも出てきましたねこのワード)

なんならこちらに笑顔を向けながら(というかニヤつきながら)

何もせず通り過ぎていく姿は

…根本的に、人としての違和感をおぼえました。

 

その「さも当然のように」…を言い換えると

「施してもらうのが当たり前」、なのかなと。

…という態度に

明確な理由があるのなら是非そういう価値観の方たちに聞いてみたいな、

と思っている次第です。

 

はてなブログのカスタマイズ

はてなブログを使い始めてまだ日が浅いので仕方ないのですが、

ちょっとしたカスタマイズができなくてキーキーしています。

 

操作性が感覚的でとても良い、と感じてはいるのですが

私のHTMLとCSSの知識が薄いのが一因…人様のサイトで調べようにも

そのソースコードの意味が中途半端にしか理解できない以上、

スイスイとカスタムするのは難しいわけです。

勉強し直そうかな…むかーし、少しだけ勉強したことがあったのですが

その世界も規格がどんどん進化していて

私にはついていけていないのだと思う…(´;ω;`)

 

ADHDやらASDやら

私はADHDのグレーのようです

未診断ではありますが、

チェックリストではことごとく高得点(?)を叩き出します。

特性が自分と非常によく似ていること、

自分が幼い頃から人と違う、遅れている、

という認識があったこともあり

当てはめようと思えば、当てはまる。

でも、専門家からあなた確実にそれですよ、と言われたわけではない。

 

…そして、このようなことを書いていると

「無理やり当てはめている」ように思われたり

ADHDに違いない」と

私が思い込んでいるのではないかと周囲は思うらしく…

んなわきゃーない。

 

周囲に

私のそういう発言を認めたがらず修正しようとしてきたり、

その人の思う

「理想のWOOL-BLANKET像」を作り出しそれを押し付ける、

というような言動をする人がいる。

 

何故そういう勝手な解釈をしてくるのか分からないので、

是非聞いてみたいです。

 

ADHDだと思いたくない、認めたくないんだけど

私は…親が私の特性を認めず、放置したということも

現在の鬱々とした諸症状の一因となっていると感じているので、

(あくまでも一因ですよ、それがすべてだなんて言ってませんよ、とか書いておかないと

すぐ勘違いされてしまうので書いておく)

直視しなかった親のぶん、せめて自分だけは

自分の特性について思い考え、認めよう、と思っているだけです。

今までは、自分自身でさえも

自分の味方になることを拒否してきた人生だったので、

これからは、せめて私ぐらいは

好きなように自分の味方でいさせろや、という話です。

 

発達障害に気づかなかったあなたが自分らしく働き続ける方法

ついでにいうとASDの要素もちょこっとある

ASD、というのは

自閉症スペクトラムのことですね。アスペルガーはこの分類に入りましたね。

特性が自分と類似している、というだけで

こちらも未診断です。

 

最近思うに、すべての人に

ADHDやASDの要素がゼロ、

ゼロだから定型でそういう要素があるから非定型、

という線を引き

枠にブチ込むことで

どうにかなるもんではないんじゃないかな、と思う。

グレーというかボーダーというか、

そういう人が気付くことなく暮らしている、というケースは

…いや、そういうケースのほうが実は多いかもしれない、と感じています。 

 

その度合いが学的にどうこう、というのも大事だとは思うのですが

…そういうこととは別に、

 

「生きにくさ」だったり

「その特性により辛い目に遭う」

「特性があると生活や仕事に支障をきたす」

…という、本人の困窮度が重要なのだと私は考えています。

 

当事者だけど楽観的な性格なら

困窮度が低い可能性だってあるし、

その特性ゆえに

幼い頃から悩み苦しみ迫害されてきた当事者の場合は

二次障害で苦しむというループにハマることも多いと聞く。

そして、他の疾患や

生い立ち由来でそういう特性が出てくる可能性もある、のですよね。

だから簡単に特定できないわけで…

 

でも、最近思うのは

当事者でもそうでなくても

ADHDライフハック」的な記事や書籍を参考にして、

今後の生きづらさを少しでも緩和していく、というのも

私はいいんじゃないかと…といいますか

私は勝手にそうしますだって生きてくのきついんだもんw

 

くよくよ悩んでいるあなたにおくる幸せのストーリー 重~い気分を軽くする認知行動療法の34のテクニック

 

お読みいただき、ありがとうございました。

今後ともゆるりとご支援いただけると嬉しいです。