WOOL-BLANKET blog

メンタルを整えたい人が書くブログ

この頃になると思い出す、30代に退職した時の話

 

こんにちは、ぼんぼやてつこです。

最近はTwitterのタイムラインに様々な話題が流れてきて

そのどれもが興味深く、時には怒りをおぼえ、

時にほっこりさせてもらっています。

 

年の瀬というのは、

自分でどんなに通常営業を決め込もうとしても

それを世間が許してくれないというか、

気付いたら忙しくしている自分がいるんですよね…。

げんに今も忙しい(からこそ現実逃避でブログを書いている)。

みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

 

 

 

乾燥もあるのでしょうか、それとも老眼でしょうか。

目がやけにかすむのよ最近…。

視力はそれなりなのに、ちゃんと見えないというか。

あからさまに

良さげなサプリのリンク張っておきますね。

 

 

他には

インフルエンザもちょこちょこ流行し始めているようですし、

風邪→肺炎みたいなコースも冬はわりとあるようなので

乾燥に気を付けて、どうかご自愛くださいませ。

 

前置きとは一切違う話になるのですが、

私は30代半ばの

ちょうどこの時期に、仕事を辞めたことがあるのですが

毎年毎年懲りずに思い出すということは

たぶん…吐露が足りないというか、

燻って納得していない何かを抱えている、のだと思うので

きょうは

自分のリハビリがてら、

その時のことを書いていこうと思います。

 

 

入社初日からクセが強いんじゃ

 

詳細は割愛しますが、

5年以上前、30代の頃に

私は仕事を始めることにした。

 

この頃の私は

今思えば「うつ」のようなものを発症していて、

しかも椎間板ヘルニア(腰の)が猛威を振るい

仕事どころじゃない状態ではあったものの

何とか気力を振り絞り

短期のアルバイトを少しずつやっていた、そういう時期だった。

 

短期アルバイトの期間が満了になり、

さて次はどうしようかと

携帯電話で仕事を探していて見つけたのが、

とある通販会社だった。

 

長期ではあるけれど残業は少なく私服OK、

当時趣味でもあった

ライブ通いがしやすそうな会社の立地でもあり、

ダメ元で応募したら、面接のお話が来て

来社することになった。

内容は、通販注文の入力業務。と雑務。

 

面接は、私が行くであろう部署の部長さんがしてくれた。

面接自体は何となくやっつけ仕事っぽかったのが気になったけれど

その日のうちに連絡が来て採用となった。

 

入社初日、

面接時に部長さんが

「自分に声をかけてください」と仰っていたものの

ご本人不在。

近くにいた社員の方に声をかけたところ

「まだ来てないからちょっと待っててね」と言われ、

休憩所のような場所で座って待っていた。

 

結局、部長さんはその日は欠勤で

他の社員の方が来て、手続きをしてくれた。

 

でも、部長さんは

その日からずっと来なかった、が正しい。

 

聞けば

私が所属するであろう部署にクセの強い社員(以下クセ社員)がいて、

後から入ってきた部長とソリが合わず

連帯感一切なしの部署となり

疎通がうまく取れていなかったのが原因で

大きなミスが発覚、

その部長さんが責任を取って

私の入社した月から降格になり平社員になった、

 

そして

私の入った日(新年度初日)から

来なくなってしまった、故郷に帰ってしまった、のだそう。

 

ええええええ…なんじゃそりゃ…と思ったのが

私の入社初日でした。

 

先輩から衝撃のひとこと

私には、同じ業務上の先輩がいた。

二人いて、

一人は情緒的で上司の気を揉む40代主婦、

もう一人は流されやすそうな大人しい30代主婦、だった。

 

二人とも

私には本当に親切にしてくれて、

社員さんには媚びへつらい敬うように接したほうがいいよ、とか

おすすめの漢方薬を教えてくれたりもした。

 

で、衝撃のひとことですが

 

先輩「私たち、とある社員が嫌だから全員で辞めることにしたんだ」

 

てつこ「え???!!?!?」

(この時点で意味が分かっていない)

 

話を聞くと、

てつこさんが入る前にもう一人いて、その三人で結託して

全員辞めることにした、

最初の一人はてつこさんと入れ替わりで辞めてて、

でも業務に支障があるだろうから

二週間に一人ずつ辞める、

そうするとてつこさんが入社一か月後くらいになり

業務もそこそこ覚えてくる頃だから、と。

 

 

は?

 

もうね、言葉が出ませんでした。

 

先輩の二人は、

「てつこさんも無理そうならさっさと辞めたほうがいい」

「一人で背負わせるためにそうしたわけじゃない、私たちももう限界で」

と仰っていたので、

私も見切りを早めにつけたほうがいい会社だ、と知った。

 

先輩が去っていったあと

先輩は発言通り、二週間ごとに辞めていきました。

退職に際しプレゼントと花束が渡され、

華やかに去っていきました。

 

何日もしないうちに後輩が入社してきて、

私が色々教えることになった。

業務もロクに覚えていない私が、先輩になった。

 

案の定、

後輩に質問されても答えられず

結局社員に聞きに行く、というのを

アホみたいに繰り返した。

 

この後輩、

私とは反りが合わないと向こうが感じたらしく、

先に書いたクセ社員に媚b…いや交流を深めるようになって

その二人は仲良くなり、

私は陰で何か言われているようだ、と感じるようになった。

女性同士だとそういうのがすぐわかってしまうというか、

それを「匂わせ」てくるようになった。

 

私はその時

媚びる暇なんかないわい、という状態だったので

その後輩が自分を持ち上げてくれる様子が

尚のことクセ社員的には気分がよかったのだろうな、と感じた。

 

なぜ媚びる暇などなかったのか、

それは

後輩が6人ほどぐわっと一気に入ってきて

それのリーダー的な扱いをされてしまったから、だった。

 

入社して数か月で

全部を把握できていない人間がリーダーですってよ…

 

結局、通販の注文数が伸びず

(早い話が、投資して宣伝したけどハズしたんですね…)

6人ほどいた後輩は、気付いたら2人になっていて

クセ社員と陰口を叩いていたほうの後輩は

持病悪化で会社に来なくなり、

(クセ社員のお気に入りだったから契約解除せず籍を残しておいたらしい)

残った後輩ひとり、

私ひとりという体制で

何だかんだでその年の秋まで過ぎていった。

 

結局どうなったかというと

この頃、元弊社の業績はあまりいいものではなく、

通販注文も減ってきていた(と誰かから聞いた)。

 

よって、後輩と私の仕事量も減った。

雑務に力を入れるようになった(?)。

 

当部署は、

各社員にサポート的業務の派遣社員をつけることになり

別口で人数が増えた。

 

ああこりゃ潮時だな…ぼちぼち辞めたほうがいいな…と思った矢先、

部長(他部署部長との兼任)から呼び出されて

 

「てつこさんのしている業務は他部署に移すことになった」

 

と、言われた。

電話注文の部署に今の業務が統合される、

てつこさんには

・電話受注業務の部署へ異動

・営業部への異動(通販商品を催事等で全国行脚して売る)

・退職

という三択がある、どうする?と聞かれた。

 

 

ああ、私は遠回しにクビにされるのだな、と感じた。

 

 

その部長がどこまで把握しているかは不明だったけど、

私は

ヘルニア持ちだから立ち仕事は無理、

(営業部異動は不可能)

電話苦手、

(クセ社員に電話の取り次ぎで怒鳴られたのがきっかけでパニックを発症)

というのを面接時に伝えていたので

見事なまでに

部長の提示した上の二択は、できない。

 

そしてこの話が来る少し前

役員クラスの、私とは一切関わらないような人が

急に業務の様子を見に来たり

給与明細を渡しに来たりしたので

「ん?」と思っていて…その被害妄想は、益々大きくなった。

 

私の後輩でもある派遣社員さんはどうなるんだ、

異動になるのか、と部長に問うたら

派遣社員としての契約期間がまだ残っているので、その時までは今のまま残ってもらって社員サポートをしてもらう」

「契約更新するかどうかは後輩さん次第」

と、返ってきた。

 

ちなみに、私は会社に直接雇用されていて

ここで後輩と発言した全員は、派遣会社経由の契約だった。

 

ああ、

ぼんぼやてつこは社員サポートするには至らない存在である、と

部長は暴露してしまったようなものだな、

と笑いそうになったものの堪えた。

 

 

心は、泣いていた。

 

 

 

これにはオチがある

部長は「後のことは私がやっておきますから」、と

退職する日を私と相談して決めて帰っていった。

 

辞めることを決めたすぐ後くらいに、

持病悪化で休んでいた

反りの合わない(と向こうに思われているであろう)後輩が職場に出てくるようになった。

「結局続けられないから辞める」、と言っていた。

 

てつこの脳内被害妄想が言うには、

私と入れ替わりで

派遣契約から直接雇用に契約し直すつもりだったのかも、と。

 あくまでも妄想の話、です。

 

 

 

私は社員に媚びなかったので、

先に辞めていった先輩方とは違い

退職の際のプレゼントと花束はなかった。

そりゃそうだ、

疎ましがられて辞めるのだから。

こんな人間に使う経費など、当然ない。

 

しかも

社員サポートの派遣社員

妙に私に媚びてくる人がいて、

「わたし、社員にならないかって誘われてるんですよねー」と

私に伝えてきた。

仲良くしたかった風に見せておいて

マウンティングがしたかっただけ、だろうなと感じた。

どうぞどうぞ。ご武運を。

と思いながら退職してきた。

 

 

 

 

退職して、2人の人から連絡があった。

1人はずっと一緒に仕事をしてきた後輩。

SNSで繋がっていたので、

退職する前からちょいちょい会話のようなものはしていた。

 

後輩によると 

私も会社行くの辞めました、

てつこさんだけ辞めて私だけ残るのおかしくないですか?

契約上の内容も違うからもう行きません、辞めます、

(フェイクかけてます)

…と社員さんに啖呵をきった、のだそう。

 

ええええええええ!!!!!

…と驚きましたよ、それはもう。

 

たぶん私がどうこうではなくて

そういう会社に見切りをつけただけなんだろうけど、

ちょっと、うれしかった。

 

その派遣さん

最近は疎遠だけど結婚したみたいだし、

しあわせに暮らしているといいなあ、と心から願っている。

 

 

 

そしてもう1人、総務部長から電話があり

 

「てつこさんが辞めたことを先ほど知りました」

 

…へ?え?なんて?

 

私が辞めた日、

雇用に関するいろいろを担当してくれていた

総務部の社員さんにはご挨拶したけれど、

そういや総務部長にはしてないな…でもあまり関わりのない方だったし

その場にいなかったので、そのまま帰ってきたんだった…w

 

私のいた部署の部長が「後のことは私がやっておく」って言ってくれたので

お任せしていました、

退職が決まったのがわりと急な話だったので

何かあるようなら

辞めた後で連絡が来ると思っていました、

総務の方に話が伝わっているとこちらも思い込んでいました、

と総務部長に伝えたら

「全然知らなかった、その部長からも何も聞いていない(おこ」という状態で

さすがに脱力…。

 

手続きのことなどは私のほうから聞けばよかったのに、

心身が疲弊して忘れていたのは私の落ち度なので

ひたすら平謝りして、

その後ようやく、ちゃんと退職の手続きは完了しました。

 

 

 

その会社は私という「出来の悪い人間」という膿を出し捨てた後、

別の業態で成功して

なによりです、よかったですね、という感じです。

社内のことはまったく分かりませんが、

クセ社員と媚びる後輩とマウントするなかまたちが一丸となって

業績を上げているのだと思います。

 

 

私はその後、

クセ社員に怒鳴られたことがきっかけで

電話が一切取れなくなってしまう、という

不安神経症パニック障害にあたる症状や発作が未だに克服できず

探す仕事に制限をかけなければならなくなりました。

電話応対ができないと

本当に業種が限られるので、苦労しております。

 

会社の業務内容(残業が多かった)、

私の辞めさせ方も

ぶっちゃけ労基案件かもなーとは思っているし

内部告発系の話も知っていると言えば知っている。

脅したり仕返ししたり、わりと簡単にできるのだと思う。

 

しないけど、もう関わるつもりはないけれど、

あちこちで見かけるので

向こうから情報が飛び込んできてしまうのは、ちょっとつらい。

 

5年以上経つのに、未だに思い出しては

パニック発作を起こしているから。

すごいですね、たった1年弱の間に起きたことでしかないのに

病は治ることなく、回復傾向にすらない。

(手を震わせながら記事を書くアホっぷり…w)

 

この時期になると

(気候や周囲の装飾を体感すると…ちょうどクリスマス時期だったのでね)

勝手に脳裏に出てきてしまう為、

自分ではどうすることもできない。

忘れられたらどんなに楽か。

 

でも、

クセ社員みたいな性格(割愛しましたが、ざっくり書くと「子供おばさん」)

を抱えていても

それはそれで哀れだなあと感じるし、

 

いちばんは自分のためだろうけど

「てつこさん辞めるのおかしくないですか?」と

会社に盾突いた派遣さんもいたし

 

最終日に同部署の他の社員さんにメールを送ったら

もう帰ったと思ったようで

慌てて私を探してくれて(私はちょうどトイレに)、

戻ったら「いた~(安堵)」というアクションをしてくれた方もいたし

私にとって害を与える環境ばかりではなかった。

 

そういう人もいてくれた事実が、

希死念慮を抱える私の

生きる力になっているのだと思う。

当時お世話になった方には感謝するばかりです。

 

 

 

 

一気に吐き出した形となり

ブログ記事というよりは

ただの愚痴みたいになってしまいましたが、

こんなことがあっても

どうにかこうにか人は生きていけるし、

少しずつでも前進はできる、

ということだけは言わせてください。

 

当時の私、頑張ってくれてありがとう。

当時お世話になった皆さま、感謝しています。

ありがとうございました。